2007年9月18日
二日に行われた世界陸上の女子マラソンで土佐礼子選手が銅メダルを獲得した。粘りの走りとともに、歯列矯正のワイヤが目についた人もいたはず。北京五輪切符をつかんだ快走の陰に、歯のかみ合わせ改善があったのか-。 (服部利崇)
「本人の努力はもちろんですが、矯正は大きく関係していると思う」。同レース最終盤での「絶叫」伴走が記憶に残る、土佐選手の夫で松山大職員の村井啓一さん(33)はこう振り返る。
実業団で活躍し、今は同大陸上部女子長距離ブロックのコーチを務める村井さんには、激しい練習を積んでいるとはいえ、土佐選手の故障の多さが気にかかっていた。「歯のかみ合わせが悪いため、バランスを崩したのが原因では」と考えた村井さんが矯正を勧めると土佐選手も承諾。北京五輪に間に合わせるため、二〇〇五年五月から治療を始めた。
矯正を始めると、一方の肩が極端に下がるフォームも改善した。猛練習やマラソン後にひざ痛になることはあっても、「矯正前に少なくとも五回はしていた」(村井さん)疲労骨折を一度もせず、練習を積むことができた。年内にワイヤは外れる予定で、北京五輪イヤーは、“ニュー礼子”で臨む。
体のバランスと歯のかみ合わせについて、日本オリンピック委員会(JOC)の強化スタッフで東京歯科大の石上恵一教授(スポーツ歯学)は「関係がある」と断言する。
石上教授によると、かみ合わせが悪くて歯同士の接触面積が少ないと、あごの位置が不安定になり、平衡感覚をつかさどる内耳に悪影響を及ぼし、体全体のバランスを崩すという。「どんなスポーツでも基本姿勢は大事。米国だとバランスの悪い選手は、どんなにいい指導をしてもトップアスリートになれないといわれる」(石上教授)
かみ合わせが悪いことによる悪影響は、日常生活にも出る。不安定なあごを安定させるため、首や肩に過度の負荷がかかり、肩こりや頭痛を誘発。さらに「体のほかの部位にも波及する可能性もある」という。
かみ合わせの矯正は高齢者の転倒防止にも役立つ。高齢者が義歯を外すと装着時より歩幅が狭くなるという。石上教授は「崩れたバランスを取り戻そうと、狭くなったのだと考えられる。転ばぬ先のつえとして、お年寄りも口腔(こうくう)管理を考えるべきだ」と言う。
では、かみ合わせを矯正すると、運動能力全般が向上するのか。東京医科歯科大の上野俊明准教授(スポーツ医歯学)は「運動能力を支えている肉体的な部分を、向上させることが期待できるとまでしか言えない」と語り、トップアスリートにそのまま当てはめることには慎重だ。
ただ、よくかめる子とそうでない子とで体力テストをすると、総じてよくかめる子の方が数値が良かったり、高齢者の日常起居動作でも義歯を入れてきちんとかめる方が数値が良かったりするという実験データもあるという。一般レベルでは、かみ合わせの改善で運動能力の向上に一定の効果を見込めそうだ。